リブラリウスと趣味の記録

観劇とかパフォーマンスとかの鑑賞記録を淡々と。本務の仕事とか研究にご興味ある方は本家ブログまで( http://librarius.hatenablog.com/ )

【観劇ログ】劇団しようよ「パフ」東京公演(2018)

どうも。イマイです。

ここ2週間ぐらい,流れてくるニュースとか噂話に振り回されていて,何となく不安であるというような状態がずっと続いていました。そのいくつかは自分で何とかできるものもあり,そのいくつかはまたそうでないものもあり,あるいは言葉にして明確な対象とすることもできないものもあり。生活の中では,すぐには立て直せないこともあって,言葉にしないままにただちょっと不機嫌な感じで過ごしておりました。

こういうときにはお芝居をちゃんと観た方がよいと思い,スケジュールを何とかやりくりして,土曜の昼を空けました。今日は1年以上ご無沙汰しておりました京都の劇団,劇団しようよさんのリファイン,いや新作である「パフ」(2018年版)を,東京の北端である北千住のBUoYまで観に来ました。

主宰の大原さんとお目にかかるのも当然1年ぶりでして,ひたすら楽しみです。

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 1.開演前

今回のBUoYさんは,初めて訪れる劇場です。地下が劇場になっていて,2階がカフェと稽古場になっている劇場です。こんなオシャレな感じで,開演前の時間待ちもできそうです。

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この写真の位置から,後ろへ振り返ると,劇団しようよ全国ツアー企画「ドラゴンの絵を描く」という企画が展開されていました。私は絵心がないので,今回は書いておりませんが,掲示されているドラゴンの多様さにワクワクしていました。

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観劇パスで手続きをしていたので,スマホで手続きを済ませ,劇場内へと入ります。劇場は舞台と客席が分かれている感じではなく,最前列の客席となっている床敷きの座布団(もちろんマットレスの上なので,快適です)の先にそのまま舞台がある感じです。

舞台上へ目を移すと,黒いしわのついた養生シートの上に斜めに傾いた舞台に,ひっくり返った長机に倒れた丸イスが1つずつ放置されています。斜めに傾いた床には丸イスが三つが置かれていて,ラジカセが床置きされ電話などが置かれた台がありました。

外へ続くドア枠が1つ。奥の黒幕には14枚の板が打ちつけられていて,9月の月めくりカレンダーとお面が9つ掲げられています。カレンダーは8日まで赤ペンで×がついてて、14日に赤ペンで丸がつけられています。開場中は波の音が繰り返し流れています。

今回,1回しか拝見できないこともあって,事前に少し情報収集していました。そんな中で拝見したのが,主宰の大原涉平さんによる本公演の紹介文でした。ちょうど東京公演へ向けての文章だったので,事前にざっと読んでから劇場へと向かいました。

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2014年版のものを再演しておけば創作のステップがいくつか省略できるはずですが,大原さんはこう言い切ります。

そこから4年経って、今回の2018年版の企画がはじまります。2014年版の台本を開いた時に「だめだ、ぜんぜん面白くない・・・」と自分で書いたものに自分で感じたのです。それもそうでした。災害をあつかった『パフ』は初演から4年、あえて言葉にだしますが震災から7年経っていたわけで、物語で描かれていることが、いまの時代に必要だと自分自身が思えなかったんです。だから今回一から書き直すことにしました。

( https://note.mu/0harash0hei/n/nc14c634907b6 より引用)

モチーフだけを一緒にしていますが,後は全てが新作というこの作品。介護の問題や貧困の問題を扱いたいとはっきり大原さんは宣言しています。そして,介護の経験はないともはっきり記されています。私自身は家庭で介護をほんのちょっと経験する時期があったのですが,経験のあるなしで理解が大きく変わる分野だとは思っているので,半分くらいは今回の作品大丈夫かな?もしかしたら,「大原さんは知らないからこそ書けたんだ」ということを書かなければいけないのでは?という余計なことを考えながら,開演時間をじっと待っていました。

2.あらすじと序盤

Corich掲載のデータによると,この作品は次のように説明がつけられています。

ピーター・ポール&マリーの名曲「Puff, the Magic Dragon」をモチーフに描く、
とある島にあふれていた夢と、それを覆す圧倒的現実。
そして、還る場所を失った人々の「望郷の物語」。
劇団しようよの代表作『パフ』を 東京・九州の俳優と共に、リクリエーションして全国4都市へ!

「目を凝らしてみると、海と空がわかれているのが解る。
 目を凝らしてみないと、その境目に気づくことはできない。
 それくらいに、空も海も、とっても綺麗だ。」

穏やかな波、空を泳ぐ雲、吹き抜ける風。「ぼうや」の住むその島にはすべてがあった。
そんなある日、ぼうやは浜辺でヘンテコな動物に出会う。ちょうどその頃、島に忍び寄る大きな「黒い竜」の姿があった。
ある時、誰かが言う。〈もうこの星には住めなくなるだろう〉
次第に、「ぼうや」の島での日常がほころんでゆく。次から次へと、みんながこの島から去ってゆくのだった。
( https://stage.corich.jp/stage/93741 より引用)

 それでは,ネタバレ防止の改行連打を致します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

前説は劇団主宰の大原涉平さん。いわゆる「当たり前注意事項」を説明した後,ギターの音が聞こえてきます。劇団しようよと言えば,吉見 拓哉さんの生演奏によるBGM。音楽が場内を満たす中で,前説の大原さんはそのまま舞台へ歩みを進めます。

舞台上では大原さんではなく,志島という島の介護施設しおさい園」で働く男性となります。 これから舞台となる島が,とてもお年寄りが元気で良い島であることを説明します。

志島の独白が終わると,舞台には今日子(川上唯さん)がギターをもって現れます。下手側の丸イスに腰掛けて,Puff, the Magic Dragonの曲を一つ一つコードで手を持ち替えながら,少しずつ歌います。

歌い終わった後,舞台には吹田(横山祐香里さん)と留美森岡光さん)が下手側に現れます。棒立ちで立ち尽くしたまま,海に浸かってしまっている丸イス,机をみて,ここまで浸水してきたのかと呟きます。

吹田がバックヤードに準備のために移動した後,留美は靴や靴下を脱いで,タオルを手に取りながら丸イスと机を浸水していない床面へ移動させます。この辺が時間をかけて丁寧にゆっくり演じられているのですが,家具の移動は不得手ながら自分がやるしかないという人不足の背景が見え隠れして私はとても興味深くやり取りを観ていました。

バックヤードから戻ってきた吹田とともに日曜日の祭りに向けて,深瀬民芸館でお祭りのためのお面の製作をひたすら進める二人。納期はあと5日にもかかわらず,5名が作業していた民芸館には今は3名しかいないという緊急事態のようです。

こういう状況において,まず話題になるのは沈みゆく島の話…かと思いきや切迫感のない、他愛もない吹田の旦那の話題でした。肩すかしを食らった印象がありますが,でも島の人間にとっては何十回何百回話してきた話題を改めて話すことは少ないでしょうから,日常会話として他愛もない話になるのは当然かなと思います。

しばらくのやりとりの後、役所の職員である西垂水(夏目慎也さん)が現れます。話題は島の外から大学院生の女の子が明日やって来るので、相手をしてやって欲しいというものでした。

やりとりをするうちに今日子が作業のため,民芸館を訪れます。午前中は「しおさい園」で自分の祖父の面倒をみていたようです。三人でのやりとりが進む中で,志島が突如,飛び込んできました。お爺さんが目を離した隙にどこかへ行ってしまったと。岬が好きだったからそちらにいったかもしれないと民芸館を飛び出していきました。

そうこうしているうちに,冒頭のシーンは場面転換をします。役名はつけられていませんが,おそらくは今日子の祖父である人物として藤村弘二さんが海辺を歩くダンスをしています。

翌日,嬉野(西村花織さん)という大学院生がカメラを持って民芸館にやってきて取材を始めます。おそらく文化人類学のフィルードリサーチ実習であれば真っ先に赤点がつくような,都会の視点をそのままに持ち込んだ言動と無邪気さ故の配慮のなさが,その場にいた島の住民を苛立たせます。

吹田が上手く間を取り持って,嬉野の取材は続いていきます。祭りまで残り少ない中,民芸館でのお面づくりは間に合うのか,そして沈みゆく島と住人の行く末は…ぜひ劇場で目撃してください。 

3.感想

  • 静かめな会話劇の作品です。派手な立ち回りもなければ,爆笑に導くクスグリのようなものは全くありません。でも,その静かさや丁寧さがフィクションではあるのですが,まるでドキュメンタリー映画を観ているのではと錯覚するほどの自然さを生んでいるように思いました。私自身の,かつての経験とかどこにもぶつけられない感情の固まりとかが次々に蘇ってきて,気がつけばクライマックスでは思い出し泣きをしているほどでした。
  • 主宰の大原さんは介護体験はないと仰ってましたが,クライマックスのあの台詞は見事に当事者のやりきれない感情とかの匙加減が,まさにこの言い回しだと言う感じにピッタリでして,今日手持ちなく買えなかった本作品の台本をその一言のために買いたいと思うほどでした。体験はないと仰っていたのですが,つい昨日までその現場に居た人が語っているかのようなリアリティがそこにはありました。

  •  介護体験を除外しても,貧困の問題とか過疎化の問題(例えば限界集落の問題)など,私的にはこの2ヶ月ぐらい抱えていた「漠然とした不安」みたいなものが,そうそうこんな感じで考えていたのだと思わず納得するほどの的確さで登場していました。久しぶりに裏読みしないで,作品そのものをありのまま,そのままに受け止められるほど観劇中の観点の補正がいらない作品でした。とても珍しい体験です。

  • 当事者ほど現実に流されて言葉を紡げなかったり上手く表現できなかったりするのに,外野になればなるほど綺麗事,もしくは的外れになってくあたりとかは,ただただ頷くばかりでした。そのあたりのコントラストがキャストさんたちの好演で分かりやすくて有り難い限りでした。

  • 「正直さと誠実さは、一緒にならないのよね」このセリフはぜひ台本を買い求めてからもう一度正しい言い回しを確認したいと思うほど、それくらい今日子から発せられたときのニュアンスとか力加減とかが的確すぎて、劇団しようよスゴい…と思ったほどでした。

  • 今日子役の川上唯さん。島に最後まで残る住民の役どころ,儚さと危うさを兼ね備えた方でした。あの作品の中で当事者ほど,どうしようもならないことがよく分かっていて,そこから逃げ出せた人物ほど他人事で,楽観的もしくは見ないようにしているのだなと思います。クライマックスに,か細い声で上記の台詞を発されたときには,手持ちのタオルを顔に近づけなければいけないほど揺さぶられるものがありました。
  • 留美役の森岡光さん。島に最後の方まで残っていて,一番バランス感覚とか世間の常識,もしくは観客の観点に一番近い立場を持っていた女性。苛立ちながら,わらを半分に切っていくシーンが数多くありますが,終盤の周りが踊り出してお面制作を放棄した辺りでのはさみのスピードの速さと言ったらなんとも。本当は今日子のことを助けてあげたかったんだろうなと思えるシーンが何度も現れていて,それもまた観客に近い所だったかと。
  • 吹田役の横山祐香里さん。島から出ることが決まっているからか,一番前向きで,生きることに絶望していない人物でした。嬉野は正直,吹田がいなかったらさっさと島から追い出されているんだろうなと思うほど,潤滑油的な役割を存分に発揮されていました。でもたぶん内心は吹田も色々いらだっていたんだろうなと思います。バックヤードにしょっちゅう下がるのは,そのストレスを見せないようにしていたのかも知れません。
  • 西垂水役の夏目慎也さん。おそらく島から出ることが決まっているだろうなと思ったら,案の定,来月から本土の役所で働くことが決まっているとの独白がありました。面倒事を穏便に済ませて,自分のいる間には問題が起こらないよう先送りしている軽薄な感じは,先が決まっている人間がどうしても取ってしまう無責任さと重なって,正直観客としては腹が立たないとおかしいかもしれないのですが私は,西垂水の言い回しを借りるわけではないですが,しょうがないですよねと流してしまいたくなる気持ちも分かる気がします。
  • 志島役の大原涉平さん。純粋なんだけれど,たぶん仕事は大してできない不器用なタイプの男性なんだろうなと思いました。もしかしたら,既に島から出てしまった人の中に,志島が頼りにしている上司のような人が実はいて,何とかその上司に恥ずかしくないように頑張っているような,ちょっとした痛々しさのようなものも伝わってくる役どころでした。でも,こういう天使みたいな人がいるんですよね…。介護とかやっていると。
  • 嬉野役の西村花織さん。観客から観ると,万事が万事,都会からの観光客を出ない人物で,何度も地元住民の感情を逆なでしまくっている役どころです。でも,たぶん背景を何も知らないで,話題になっているという理由だけで訪れたとしたら自分ですら,あそこまで無礼な態度を取ってしまうかも知れない…とこれを書きながら自省する次第です。最初から最後まで,外の人間であるからか,脚本上では,何一つ島の住民に嬉野の言葉は響かない(今日子がほんの少しだけ反応したかな?)というのがとても印象的でした(もちろんそういうヒール的な役回りを演じている西村さんの好演あってのことです)。
  • 藤村弘二さんのダンスは,黒い服で場面場面の切り替えでとても印象的に届いてきました。クライマックスに今日子の祖父として背負われるところは,それまでのダンスの躍動感とは異なる弱々しさがあって,老人の衰えない精神と実際に衰えた肉体の違いを表しているのではとふと考えました。
  • 音楽演奏の吉見拓哉さん。今回は静かめの曲が多かったのですが,僅かに聞こえてくるギターの弦の音が,クライマックスではそれぞれのキャラクターの置かれている立ち位置の脆弱さとか,どうしようもなさと相まって,思わずグッとくる場面が多くありました。

気がつけば,つらつら長文の感想を書いておりました。でもそれくらい,110分の時間が充実していました。とても良い110分を過ごすことができました。

漠然とした社会不安とかを抱えてる方とか、観劇時の感情の上げ下げに疲れてる方とか、ドンピシャかは人それぞれだと思いますが、私にとっては等身大の現実と地続きな世界が見えてオススメな作品です。まだまだお席はあるようです。北千住のBUoYで10月8日の月曜日まで。

stage.corich.jp