リブラリウスと趣味の記録

観劇とかパフォーマンスとかの鑑賞記録を淡々と。本務の仕事とか研究にご興味ある方は本家ブログまで( http://librarius.hatenablog.com/ )

【観劇ログ】第25次 笑の内閣『名誉男性鈴子』

どうも。イマイです。

笑っても良いネタを笑い飛ばせる場は大切な場なのだとふと,思います。

1.はじめに

さて,本日は京都の劇団,笑の内閣さんを観に,こまばアゴラ劇場までやって参りました。

笑の内閣さんはこれが初見なのですが,名前自体は以前から存じ上げておりました。今年,空前の支援人数と金額を集めた「ツレがウヨになりまして」ソウル公演支援のクラウドファンディングプロジェクトです。

motion-gallery.net

面白半分で申し込んでみたのですが,この時の公演は見に行くことができませんでした。この10月にこまばアゴラ劇場での東京公演があると言うことで,こまばアゴラ劇場までやって参りました。

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 こまばアゴラ劇場に到着すると,劇場の外壁にこんなポスターが貼られています。

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選挙の候補者ポスターを模した広報物が掲示されておりまして,めちゃくちゃタイムリーでどこかからお叱りがあるのではと心配しながら,思わず吹き出しておりました。ちなみに笑の内閣上皇であるところの,高間さんは果敢にもこんなネタを実際の候補者に持ちかけていたようです(まあ凄いことです)。

事前精算のチケットを持って受付に行くと,整理番号と共に,実際の選挙で配られるような「きかわだ鈴子」さんの広報はがきが1枚頂けます。細かいディティールまで実際に配られてもおかしくないレベルの細かさでありまして,なんだか得した気がいたします。

開場後,客席に着座すると,きわどい政治ネタ時事ネタがちりばめられたパロディソングが流れていて妖しさ満載です。舞台上のセットの様子をEvernoteに打ち込んで開演時間を待っていると,あっという間に開演5分前。舞台上には高間さんが登場して,開演前の注意事項と過去公演のDVDやグッズ宣伝をマシンガントークで展開していきます。あまりにも巧みに皮肉やギャグを混ぜていくので,政治ネタと思って構えていた私は,周りも気にせずゲラゲラ笑っておりました。

それでは,千穐楽前ということもありますので,ネタバレ防止の改行連打をいたします。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2.あらすじ

本作のあらすじは下記の通りです。

平成の大合併で誕生した南アンタレス市初の女性市議会議員、黄川田鈴子は女性の社会進出の象徴として活躍していた実績をかわれ、引退する市長の後継指名を受け市長選へ出馬していた。しかし、鈴子は女性の社会進出の象徴といいながら、実際はきわめて男尊女卑的な言動を繰り返す、まさに「名誉男性」だった。

笑の内閣の次回作は、アパルトヘイト時代の南アフリカの名誉白人のごとく、男社会で男以上に女性差別を繰り返す名誉男性を笑うジェンダーフリーコメディー! ( https://stage.corich.jp/stage/86209 より引用 )

開演前,舞台上では,最前面に紅白に色づけされた角材が横たわっており,舞台と客席を隔てております。

上手にテーブルと二人掛けのイスと一人掛けのイスが二つ並んだ応接セットが置かれています。上手と下手の前列には選挙広報の幟が一つずつ。下手には受付と思われる長机とパイプイスが二つ,下手奥に右目が入っていないダルマが一つ。下手奥に選挙候補者のポスター,上手に一家四人で写真館で撮ったと思われる集合写真。舞台後方にはポスターと関係者から送られたと思われる必勝の為書きが4セット。

これらのセット構成から明確なように,この作品の舞台は選挙事務所です。南アンタレス市という岡山の架空の市で,国会議員に立候補するために辞職した市長の市長選が行われる直前,告示前の遊説活動をしている所から物語は始まります。

選挙活動が本格的にスタートしようとしているところへやってきたのが万寺芽留萌(めんでら めるも)。KO(ノックアウト)大学の先輩の出倉恵梨香(でぐら えりか)に連れられ,事務所内へとは一滴観明日。この万寺は大学でジェンダー問題を出倉とともに学び,将来は政治家を志す万寺は選挙事務所でウグイス嬢とスタッフのアルバイトをする模様です。

そこへ次から次へとやってくる選挙関係者。女性として初の市長を目指す黄川田鈴子の周りは,いかにも権力を持った男性社会的な人が多く集まります。女性蔑視の発言やセクハラ行為が横行し,ジェンダー問題に深く関心のある万寺としては我慢の限界を超え抗議します。しかし,そこで黄川田は万寺をかばうことなく,むしろ万寺に謝罪するように迫ります。

この後,女性候補でありながら,権力を獲得するために男社会に媚びたり,むしろ誰よりも男のような振る舞いや言動をしなければいけない世界が描かれていきます。告示前の選挙活動をめぐって,選挙事務所を襲う数々の問題。果たして鈴子の運命やいかに。結末はどうぞ劇場で目撃して頂ければと思います。

3.感想

小気味良いギャグが混ぜられ,中には辛辣な皮肉もどんどん盛り込まれていて,ゲラゲラ笑いながらも作品が持つメッセージを,普通に受け取るよりもずっと自分のことに引き付けて考えることが出来ていました。笑いながらも最後は真顔で考え込む独自の空間でした。

この時期に敢えてぶつけたのでは*1と思えるほどタイムリーな題材でした。笑の内閣さんはクラウドファンディングをきっかけに知ったのですが、ギャグもメッセージの提示の仕方も好きな感じでした。最期に当選者を取材に来たタイガージェット新聞,終演後に客席から拍手をもらった後に鈴子がマイクを置く辺りが個人的には大ヒットしております(笑)。

それはそうと,こういう政治ネタで大爆笑するのは久方ぶりだなと驚いています。こんな風刺ネタでかつてはもっと笑っていた気がするのですが*2。ただ,自分の身の回りではこういうネタを使って笑いを取ろうとすると,かえって不謹慎だとされたりして,笑いまで消化できないような場面が多いとは思っていまして,今日みたいなちゃんと笑いとばせる場,劇場があるのは大切なことだと改めて認識した次第です。

あと,本日のアフタートークでも取り上げられていましたが,ジェンダーという話と権力という話は,区別して考えておく必要があるのだなと思いました。ある種マジメに考え始めると敬遠したくなるような話題であっても,今回の笑の内閣さんの作品を通してであれば真っ正面に考えるのも苦ではない気がしています。

それから,ギャグについても思想・信条のリトマス試験紙であるかのように,種別の違うギャグが巧みに混ぜられていました。セクハラ全開のギャグはこまばアゴラ劇場では全スルーで,発達障害は親の育児の責任という箇所は失笑,政治家のやらかした発言には爆笑という会場でしたが,所変わればあのギャグの受けるポイントもそれぞれ違っていくのだろうなと終演後にぼんやりと考えていました。

第一印象以上に,計算されている作品であるような気がします。例えば,主人公たちが劇中歌うシーンがなぜかマイクでの歌がかき消されるような音声バランスに最初は「?」と思ったのですが,あれは街頭でスピーチする政治家の演説のように,何を歌っているかはほとんど聞き流されてしまうのであるという,壮大な皮肉であるような気がしてきました。

4.感想

物販でパンフレットを無事入手できたので,キャストさんのご紹介も合わせて行っておきたいと思います。

  1. 黄川田鈴子役の中谷和代さん。札幌公演で器官に穴が空くという状況ながら,最低限の演技プラン変更で舞台に立った凄い方。事前情報で無理は出来ないと伺っていたのですが,そんなことは微塵も感じさせない見事な男性社会でのし上がろうとしている女性政治家の姿を演じきっていられたと思います。本性をさらけ出して醜いと感じるか,いやさらけ出せるほど潔いと感じるのか迷うのは現実世界の政治かとも通ずる話で悩ましいところであります。
  2. 出倉恵梨香役の熊谷みずほさん。KO大学出の才色兼備をそのまま具現化したような存在,実はMT車だった街宣車を運転できるユーティリティープレーヤーでした。ラストのメガネを外して以降の吹っ切れ方は,優秀な味方を敵に回してはいけないという格言を思い出させてくれました。同時にどんなに高い理想があっても選挙で勝つためには,妥協の連続なのだという厳しい現実も思い出させてくれます。
  3. 万寺芽瑠萌役の土肥希理子さん。選挙事務所にいた人物の中で,最後まで比較的まともな人。おそらく他の作品に出てきたら空気が読めない存在であったはずなのですが,あの男性社会ゴリゴリの選挙事務所においては,あれくらい空気が読めない存在が居ないと現時点での建前とか常識ってどうだったっけと見失ってしまいそうなので,重要な道しるべ的役でした。パンフレットにご本人が書かれているように,まっすぐでよい子というフレーズがそのまま合う役だと思いました。
  4. 谷枝彰役の石原正一さん。こまばアゴラと石原さんと言えば,石原正一ショーの10作品連続公演を思い出します。今回は市長役として,おそらくマスコミが目の前にいたらというか都会だったら一発失職級のセクハラをかましつつ,その次の瞬間には後ずさりするほどの迫力を持った眼光で,政治の世界を生き抜いてきた老練な政治家の姿を演じられていました。客席の遠い位置で見ていてもその迫力は恐ろしいものがありました。
  5. 須藤圭太役の諸江翔太朗さん。本来は市長の後継者でありながら,選対委員長で影に徹しつつ,最後は爆発してしまう悲しい男性議員。鈴子の化けの皮がはがれていく中で,何とか世界を正常に保とうとする役どころにピッタリの雰囲気をお持ちの方でした。終盤,鈴子の尻ぬぐいに走った恵梨香をちゃんと評価している辺り,本当は人の上に立ったらうまくいくタイプだったんだろうなと思いました。個人的にはクライマックスの劇場後方から叫ぶ辺りが何だかとてもかっこよく感じました。
  6. 古戸賢太郎役の髭だるマンさん。笑の内閣では看板俳優さんということで噂には聞いていましたが,まあとにかく濃い方でした(髭含めて)。古戸はボンボンでありながら,流石に建設会社社長と言うこともあって,選挙違反をしきりに気にする須藤の発言を何度もたしなめている辺り,バランス感覚が絶妙なのだと思わせるしたたかさを感じました。土建屋の社長さんに知り合いは全くいないのですが,たぶんああいう人居るだろうなあと言う妙なリアリティがそこにはありました。
  7. 森下晴正役のしゃくなげ謙治郎さん。子どもが大好きな気の弱い男性保育士というフレーズがばっちりな役どころだったように思います。アフタートークで指摘されていましたが,あの世界でもこちらの現実でも,男性社会と言うだけでなく,強い男性と弱い男性というのが存在しているというのは非常に悩ましいポイントだなと思います。良くも悪くも一般人に一番近くて,だからこそ押しが弱く,保育園も自主退職に追い込まれたのかなと思います。
  8. 香田陽菜役の丹下真寿美さん。いろいろな関西小劇場の作品で丹下さんのぶっ飛んだ役を拝見しておりますが,今回の陽菜はお茶とお菓子を食べただけで自分のペースに引き込んでいく,ある意味凶器に近い天然素材でした。どんなに生徒が緊迫して何かひどい結末を招きそうなときでも,あの先生だったら雑談しながら引き戻してきそうな気さえ致します。その雑談力があったから,あの選挙事務所では鈴子の本性が明らかになったとも言えるのかも知れません。
  9. 麦部達夫役の池川タカキヨさん。最初登場したときの平身低頭な印象と,性教育や施設の子どもたちを守ろうとするときの強さのコントラストが印象的な役どころでした。私の本務の方も非正規のお仕事をしている方がたくさんいらっしゃる世界なのですが,平身低頭と強さを兼ね備えた方がやはり多く,妙なリアリティを感じた次第です。
  10. 鈴木龍平役の神田真直さん。ちょっとうっかりすると単なるおふざけの世界に陥ってしまう世界に,良く切れるカミソリで切り込んで本質に迫ってくる鈴子の息子役。辛辣でも核心に迫る多種多様なセリフを朗々とかつ巧みに語っている様子は,劇中のアクセントとしても,そしてこの物語にきちんとメッセージを載せていく媒介としても,十二分に機能していたと思います。人は見た目にはよらない中身で勝負とは思っていても,思わずこのキャラはちゃんと意見を言えないだろうと考えていた自分の傲慢さを恥じるくらい,見事な演説家でした。

気がついたら色々語ってしまうくらい,考える材料とか面白がる素材がたくさんちりばめられた世界でした。物販で過去作DVDを買い込んだのでこれから色々拝見したいと思います。

久しぶりに政治ネタでゲラゲラ笑わせてもらいました。でもこうやって政治風刺とか皮肉で笑える場はちゃんと残さないと残らないだろうなとか,自分がこれから行う投票はちゃんとこういう背景を理解して投票しているだろうかとか,笑った後に真顔になって考える独特の世界がありました。

なお,こちらの作品は10月16日(月)までこまばアゴラ劇場で,11月9日(木)から11月14日(火)までアートコミュニティスペースKAIKAで上演されます。どこか引っかかる箇所のある劇団さんだと思いますので,皆さまお時間があれば是非にどうぞ。

stage.corich.jp

*1:実際には再演が決まったのは去年の10月だそうですが

*2:気のせいかも知れませんが