リブラリウスと趣味の記録

観劇とかパフォーマンスとかの鑑賞記録を淡々と。本務の仕事とか研究にご興味ある方は本家ブログまで( http://librarius.hatenablog.com/ )

【観劇ログ】SPIRAL MOON 34th「雨夜の月に石に花咲く」

ども。イマイです。

今年は月2本はお芝居を観るぞーと意気込んでおきながら,ふたを開けてみたら仕事とか,身の回りのことに追われてしまって,ここのところすっかり観劇趣味もご無沙汰しておりました。心の余裕がないとなかなか観に行く元気が出ないので,忙しいのもほどほどにしないとなと反省しております。

さて,観劇趣味を続けていくと,観に行きたいお芝居というのはどんどん増えていくのであります。この土曜日の昼間というチャンスにも,複数のお芝居を天秤にかけながら選ばなければいけない状態に追い込まれました。選ばなかったお芝居にごめんなさいをしながら,新宿へと向かう電車に乗りました。

今回観劇するのはSPIRAL MOONさんの「雨夜の月に石に花咲く」です。SPIRAL MOONさんは「銀幕心中」以来,2回目の観劇です。下北沢「劇」小劇場へやって参りました。

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SPIRAL MOONさんは,前回観劇の際にも触れましたが,関東でずっと活躍している劇団さんです。しかしながら,存在を知ったのは大阪の恵美須町にある「観劇三昧」さんでした。ちょうど劇団主催の秋葉さんがフライヤーを置きに来ていらっしゃったところへ,私が通りかかってお話しをさせて頂いた不思議な縁のある劇団さんです。

下北沢の駅を下りようとすると,サウナの熱気を浴びているような感覚を覚えました。梅雨の間の晴れ間というよりは夏真っ盛り,長袖を着てきたことを後悔するほどの蒸し暑さでした。駅の南口から,ヴィレッジバンガードへ向かい,雑貨を見ながら時間つぶし。終演後に立ち寄っても良いなと考えながら,劇場へと向かいました。

劇場前では役者さんが暑くて厳しい時期ながらも,当日券があることを道行く人へ宣伝しています。そんな中,受付を済ませ,開場を待ちました。「銀幕心中」は3列目付近だったので,今回は場所を変えて観劇してみることにして,指定席を避けた場所では一番中心に近い上手寄りの1列目へ着席いたしました。会場内で客席の案内をされている秋葉 舞滝子さん*1に「大阪でお目にかかった方ですよね」とお声がけをいただきました。前回公演の「悪魔はいる」は見逃しているのにもかかわらず,ご記憶頂いていることにただただ感謝です。

観劇前に必ず行うことにしているアンケートへの住所書き等を済ませて,こちらも観劇前の習慣であるお手洗いに立ちました。良い香りが漂っていて,珍しいなと思っていたら洗面台の所にこんなものが置かれています。 

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アロマキャンドルを立てるだけでなく,お客さんへのメッセージもこうやって書かれているのは,初めてのパターンでして,思わず観劇前にTwitterで写真を投稿してしまいたくなるほどの嬉しさを感じました。

舞台上のセットには,ちゃぶ台,座布団,古い扇風機,畳といった昭和の日本家屋の中で登場する家具がオールスターで並んでいました。個人的にツボだったのは,軒下に立てかけられている表彰状の額の存在です。決して派手な一等賞とかそうではなく,小学校の行事とかでもらえるようなささやかな表彰状なのですが,あぁこういうの自分の家も飾っていたなあと,何気ない思い出にリンクさせていました。

さて,走行している間に開演時間。英語の空港で聞かれるようなアナウンス風のBGMの音量が大きくなり,架空のラジオ番組が聞こえてきます。話題は文学賞である「夏目賞」の話題,年に1回の発表が翌日に迫っていることを知らせます。

さて,千穐楽前なので,ネタバレよけの改行を乱れ打ちしておきます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞台は,東京から2時間ほどの田舎にある金物屋の居間です。昭和の時代の家具が並ぶので,錯覚するのですが,時代は現代で,スマートフォンもPCも普通に存在している世界のお話です。主人公はこの金物屋の主人である志田亀雄。鍋を扱うことが天職だと思いながらも,たまたま表現したいことがあって小説を書いて,出版社に送ったところ,出版が決定,そして口コミで評判が広がったことによって,文学賞候補にまで上り詰めたまさかまさかのシンデレラストーリーの中心人物です。

本日がその文学賞の発表の日。周りに迷惑をかけないように金物屋も臨時休業して,文学賞の選考委員会から電話を待つその場面から,物語は始まります。委員会からの電話を待つ亀雄。落ち着きのない亀雄の側に寄り添う妻の鶴子。大騒ぎになったときのために,兄の子供である甥の志田藤男が登場し,その電話を待ちます。

そしてここから次々に登場人物が舞台上へ現れます。狭い金物屋の居間にまず編集者が現れます。お使いとして,近所の店で名物の大福と海苔巻きを買ってきた模様。主人公の作品がどれほど素晴らしいかを褒め称えていると,大新聞社,スポーツ新聞,地域新聞の記者が登場,そこにテレビ局や文学雑誌も編集長も訪れてきます。

どうやら主人公の作品は有名作家の候補作と比べると分が悪く,4人中4番手の下馬評の模様。マスコミ関係の記者達は他の候補の魅力について語りだし,どうせ掲載されることもない,念のための取材を薦めて行きます。ただ,文学賞の取材に備えて,どの記者もきちんと作品に目を通し,主人公が処女作以外にはエッセイやインタビューですら発表していないことを熟知しています。

そこに,出版社の編集者が登場,編集長は次回作をぜひと意気込み,猛烈な暑苦しさでアピールしてきます。主人公にはぜひ次回作をと意気込む編集長から,4人の候補の内,2名が辞退したことが伝えられ,文学賞絶望とみられていた主人公の作品はまさかのマッチレースになり,まさかまさかのスクープが取れるかもしれないと,金物屋の居間は色めき立ちます。そんな中,主人公はもう書きたいことは書き切った,次回作を書くつもりはないと言い出して…。果たしてスクープは取れるのか,主人公の次回作はどうなるのか。物語の結末は,実際に作品をご覧になって頂ければと思います。

70分の物語は,それなりに能力がありながらもエリート街道からは外れている人たち,そして才能を持ちながら周りの状況変化について行けない主人公との,絶妙な掛け合い,会話でまとめられる人情劇です。それぞれに行き詰まりを感じていた記者達が,集まった居間の中で色めき立ち,主人公の文学賞受賞に夢を重ねながら自分たちの生きがいや矜持を思い出していく様は,人間が持っている心の暖かさを感じることができる充実した時間でした。そういえばあの舞台の中では,人を陥れてやろうとする人も,足を引っ張ろうとする人も誰もいませんでした。もし抜け駆けをしようとするなら,主人公の受賞を願って恵方巻きの真似事をすることもなかったはずです*2

ただ私が最終的に受け取ったのは,こうした暖かさだけではありません。それは強い強い激励でした。文学賞の受賞を逃した主人公に向けて,徒労に終わったはずの記者達や編集者達は,無理に書く必要はない,自分が書きたいときに書けば良いのだ,私はあなたの作品が読みたい,私は小説家になりたかったが叶わなかった才能を持っているあなたが羨ましいなど,それぞれの思い,立場から主人公へエールを送ります。

こちらのブログでは触れていませんが,私も本業の方で一冊本をまとめて,出版して頂いたばかりの所です。出版して頂いたご恩やご期待に応えたいと思って,できることを精一杯やらせて頂いているところですが,主人公の姿には今の自分をあれこれ重ねていました(なお,念のため申し上げますが私はまだまだ書かなければいけないことは山積みです…。多少元気をなくしていたのは事実ですが。)。

やりたいと思って努力しても到達できない高みがある,その高みにいるならば高みにたどり着けなかった人の分も登り続けて頂上を目指すー。自分が大学院に入るときに,とある親類から「大学院へ入ろうとしても入れなかった人たちのことを忘れるな」と言われたことが,何度も重なりました。

舞台作品はどれも一期一会で,そのときに観なければ出会えない作品ばかりです。ただ,本日拝見した「雨夜の月に石に花咲く」は,自分にとって今この瞬間に出会っておくべき作品でした。舞台作品のDVDは自分が観劇したものはもれなく購入するようにしていますが,今回の作品については辛くなったらもう一度見返したい,おそらく見返すだろう作品になることは間違いないと思います。

今の私にとっては,物語,演技*3,舞台装置や効果の全文から激励してもらったような元気が出るお芝居でした。それは偶然による産物ではなく,舞台上で描かれているのと同じだけ,劇場内部に張り巡らされている様々な心配りによるものではないか,そんなことを,全てのお客様に無料で配布されているトートバッグを見ながら考えています。

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終演後,気がつけば立ち寄ろうと思っていた店は全て素通りして,今観たものを忘れないうちに,できるだけ詳細に書き留めるべく,無心になってPCのキーボードを叩いていました。時間をやりくりして観に行けたことは何よりの幸運だったと思います。残すは日曜日14時からの千穐楽のみですが,もし夏バテ気味で元気が欲しいという方は,ぜひご観劇頂ければと思います。

SPIRAL MOON 34th 公演「雨夜の月に石に花咲く」

*1:これから舞台に出演されるのに客席で場内誘導をしながら,色々なお客様にお声がけをされていらっしゃいます。

*2:あのシーンは会話劇ということを逆手に取っていて,何ら不自然でないにもかかわらず,静かさに思わず笑いがこみ上げてしまう楽しい時間でした。

*3:お一方お一方の名前は挙げませんが,どの方も魅力的な役者さんばかりでした。